第20220601号
イエスから目を離さないでいなさい
市川教会
平塚修久
キングダム【20220601】号
イエスから目を離さないでいなさい 二年前、私はこの巻頭言にこんな一文を書きました。「今私たちは、新型コロナウィルスの感染拡大という、思いもよらない事態の中に置かれています。二〇二〇年が始まった時、いったい誰が、このようなことになることを予測していたでしょうか。このような状況がいったいいつまで続くのか、先の見えない不安や恐れを覚えている方も多いことと思います」。 あれから丸二年が過ぎ、コロナとの戦いも三年目に入りましたが、感染者はむしろ増加しています。また二月にはロシアのウクライナ侵攻によって、世界中で政治的・経済的・心理的にも非常に不安定な状況が広がり、暴動が起こっている国々もあり、“第三次世界大戦”という言葉を口にする人々さえいます。 疫病、戦争、地震、飢饉…。そんな現実の中にいたなら、誰もが不安や恐れを覚えるのは当然です。しかし、不安や恐れがあることと、不安や恐れに押しつぶされてしまうこととは、また別の話です。たとえ不安や恐れをもたらす状況にあったとしても、それを受け入れ、耐え忍び、乗り越えていく道があるのです。 「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです」(へブル12・2)。 主イエスは、なぜ「辱めをものともせずに十字架を忍」ぶことができたのか。それは「ご自分の前に置かれた喜びのために」です。主イエスの喜びとは、十字架の苦難を通して、ご自身が父なる神の御座の右に着座されることにより、罪の赦しと救いの道が完成し、ご自身の民が神に近づくことができるようになることです。それにより、この世界に対する神の御計画・神の国・神の支配が完成します。この喜びをはっきり見ていたので、主イエスは十字架の苦しみを受け入れ、乗り越えられたのです。 主は弟子たちに言われました。「わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたが喜びで満ちあふれるようになるために…」(ヨハネ15・11)。主イエスの喜びが私たちのうちに満ちあふれるようになる。その時私たちは、主イエスのように、目の前の苦難を受け入れ、耐え忍び、力強く乗り越えていく者となるのです。私たちも、この喜びを知り、この喜びに満ちあふれたいと思います。 「いつも喜んでいなさい。」(Tテサロニケ5・16) キングダム2022年06月号より