| 第11回 救いの証し |
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基督聖協団習志野教会 海野竜也
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私は東京で生まれ、生まれてすぐに栃木県の那須郡に引っ越しました。父も母も宗教にはあまり関心がなく、宗教とは程遠い環境で育ちました。父は日光で単身赴任、母は若い時から糖尿病を患い、長年通院生活をしながら実家の那須郡で暮らしています。私の兄は先天性の病を持ち、幼少の時から話す事も学ぶ事も出来ないまま育っています。今は実家の栃木県で母と一緒で、少ない収入ではありますが、施設をかねた職場で働いています。私は東京の大学で生物学を学び、一年間カナダの研究所で研修を受け、帰国後は英語を生かした職に就こうと思い、現在六本木の外資系の証券会社にてシステムエンジニアとして働いています。
カナダにいる間、ホストファミリーがクリスチャンでしたので、自然に教会に通うようになりました。教会を通して多くの素晴らしいクリスチャン達と出会い、交わり、共に祈り、少しずつイエス様を知るようになりました。初めは英語の練習のためでしたが、次第に自分から進んで聖書を読むようになり、いつの間にか本気で神様に祈るようになりました。初めは宗教に対して偏見を持ったまま教会に通っていました。「自分は幸せだし、神様にお願いする事なんて何もないし、困難は自分で克服するものだ」と、自負していた事も覚えています。それでもやはり、素晴らしいクリスチャンと共にイエス様を誉め称え、喜び、賛美を分かち合う事は素晴らしい事でした。
昨年の4月、帰国する事になりました。留学前は宗教に無関心だったため、日本でどうやって教会を探したらよいのか分かりませんでした。色々な教会に足を運んだのですが、やはりカナダの教会との違いが大きすぎたため、慣れる事ができませんでした。海外でクリスチャンになり、日本で教会に行くのを辞めてしまう若者が多いという話しはよく聞きます。私もその一人でした。帰国後約2年間は、教会に行かずに一般の人達と同じように、酒、タバコ、ギャンブルに身を投じ、典型的な日本人の若者としての生活を送っていました。一度イエス様を知った自分にとって、その2年間はすごく空しく、カナダでの教会生活を思い浮かべる毎日でした。
ある日、カナダで知り合った韓国人の友人と連絡をとる機会がありました。私は友人に、自分の生活と気持ちの切なさを伝えたところ、熱心な韓国人の牧師がいるから連絡をとってみたらどうかと言われ、出席する事にしました。それが習志野教会との出合いでした。
久しぶりの教会で、少し緊張していたのを今でも覚えています。教会の中には、神様をたたえる素晴らしいクリスチャンたちの賛美と、正面の十字架とが私の目の中に飛び込んできました。私は十字架から目を離す事ができず、賛美をしながら一番後ろの席で涙をこらえていました。ただの十字架でしたが、私にはイエス様が釘打ちされている姿が見えました。痛々しいイエス様の姿「主よ、私を赦して下さい。私は今、あなたのもとに帰ります。私の罪のために犠牲を払われたあなたの行為を私は無駄にして生きていました」と、涙と苦しさとで心の中が息詰まっていたのを覚えています。
田園先生、ハン先生、そして教会の皆さんは、私にはもったいないくらいの主からの贈りものです。私ほど強く俗世間の肉に埋もれていた人間を、主イエスのもとに導き戻してくれた恵みに感謝します。主のために、教会のために、私のような小さな者が少しでも主のために働ける事を感謝します。
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キングダム2003.5月号より
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