第20回 本物の教会を求めて |
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基督聖協団練馬教会 小笠原孝
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近年世界中で、本来あるべき教会を求めて熱心な追求が続けられてきました。その結果、弟子訓練教会とかセル教会といった初代教会の再現を目指す、目覚ましい教会の進展が見られました。しかし最近は、さらにその教会の完成を目指す、本物の教会の追求は、そうした方法論から本質論へと移りつつあります。そしてそこには驚くほど本来聖協団が持っていた信仰の本真と相通ずるものがあります。全ては語れませんが、その一端をお分かちします。
私が聖協団で信仰をやり直し、献身した頃、聖協団でよく開かれていたみことばが第一ヨハネ一章でした。ここには、伝える中心がイエス(1〜2)、伝える目的が交わり(3)である事がまず鮮明に語られています。伝道の目的は、天国行きの切符を与える事ではありません。交わりです。その交わりは、私たち『横』の交わりと、御父と御子イエス『縦』の交わりとの渾然一体の交わりです。即ち、神ともにいたもう共同体です。その原点は、主イエスが教会について言及された「2、3人の集まり」(マタイ18・20)です。ここから教会は始まり、教会となるのです。
この交わりを全うし、勝利する方法は7節にある3つです。
(1)光の中を歩む=罪を言い表す事です。私が聖協団に来て信仰をやり直せたのは、まさにこの悔い改めのおかげです。学院でも悔い改めを徹底し、尊いきよめ、即ち解放を受けました。今本物の教会を追求する中で、この2、3人の悔い改めが高調されているのです。そうすると、(2)互いに交わりを保つ=主を間に置いた透明な関係、信頼の関係、愛の関係が出来るのです。そこには神の力が来ます。これが鍵です。ただ聖協団は、この交わりを神との縦の関係だけに限定し、その関係を、愛を、力を、互いに横に流す事を教えなかった事が痛恨の反省点です。しかし、これを正し、2、3人のグループでライフ・スタイルとしてこれが出来るようになると、(3)十字架体験をし、血による罪からの解放にあずかります。十字架を負って主に従う勝利の信仰になります。ここから本物の教会は建て上げられるのです。(これを具体化する資料のお問い合わせは本部へ)
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キングダム2003.11月号より
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