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日本人の国民性の一つに「熱し易く、さめ易い」というものがあると言われる。キリスト教界においても、何か重要な啓蒙的事件が起こって、注目を集めたとすると、それが普遍的に絶えず人々に啓蒙していかなければならない問題だったとしても、しばらく経つと忘れてしまう。そして新しい話題を追いかけることになる。これはマスコミの功罪かもしれない。なぜならマスコミには、絶えず新しい話題を提供せねばならないために、どんな重要なテーマであっても、一つのことだけを追い続けたり、書き続けたりしたら、それは「売れなくなる」からである。こうして人々は、物事を深く考えたり、実行したりすることよりも、いかに珍しいことや、新しいトピックを知っているかということに関心が向かって行く。これは良いことではない。
そうした重要なテーマの一つに「父親たちの責任」という問題があると思われる。今日の日本は、道徳が地に落ち、学校教育も人間教育面では、ほとんど機能停止に陥り、公民教育も家庭教育も大方不在に近い状況である。ポール・ボネ氏によると、今や日本は「お子様たちという怪獣が日本中を這い廻っている状」になってしまった。
なぜこうなったのかという分析は識者に任せるとして、こうした原因の一つに、日本の父親たちが子育ての責任を放棄したという一般的状況がある。子育てだけではなく、家庭における父親の役割の喪失ということがあろう。
このテーマについては、戦後度々論じられてきた。戦前戦後に来日して、日本に長く住み着いた外国の知識人の一人は「日本はあれほど立派な家族制度を持っていたのに、なぜ第二次大戦後これを捨ててしまったのか」と言って嘆いた上で、彼はこう言った。「日本の家父長制的家族制度が天皇制と結びついていたので、天皇を神格化する天皇制が捨てられるとともに家族制度も捨てられてしまった。しかし、天皇を現人神とする天皇制は捨てられるべきだが、家父長制家族制度を捨てたのは愚かなことだ」と。もちろん日本人の名誉のために弁護が許されるなら、日本人は何もわざわざ捨てたわけではなく、高度成長に伴う父親たちの企業戦士化、人口都市集中に伴う核家族化、女性の人権拡張と職場進出などの一連の社会現象によって、父親を一家の中心とする旧来の家族制度が、徐々に崩壊の途を辿ったという言い方がいいのかもしれない。また、日本では昔は、父親はエライ人だったが、今はエラクなくなったのは、本来持っていた父親の権威を悪用する横暴な父親が多くて、権威自体が悪いものであるという認識が一般化したということもあるかもしれない。
横浜栄光学園の元校長グスタフ・フォス氏が「日本の父へ」(新潮社刊)を書いてベストセラーになり、日本の父親たちの責任を啓蒙したのは1970年代のことであった。しかし、多くの人に読まれたが、やがてそれも忘れられ、日本の社会にはことさらに父親の責任を反省する社会現象は何も起こらなかった。
また、キリスト教界においても1990年代の後半、アメリカに「プロミスキーパーズ」というムーブメントが起こって、日本のキリスト教系の各新聞が大きく取り上げたが、これも日本社会に何ひとつインパクトとなるような運動は起こって来なかった。父親たちの悔い改めの声は、そちこちに聞かれても、それ以上に社会的なトレンドとはならなかった。
「父親たちの役割」ということは、エペソ書六章四節に記されているように、父親こそが子育ての責任者であることを指している。まさにキリスト教界こそがこの世の先頭に立って、これを率先して、啓蒙していかねばならない一大テーマであるはずなのに、日本のクリスチャンは、その時は騒いでも、間もなく一過性のハシカのように、この話題もまた小さな台風ほどの影響力もなく、いつしか消えてしまった。
「ファミリーフォーカス」のような優れた良い働きもあるのに、日本の牧師たちがこうした生活実践に関わる重要なテーマを、牧会の中で、説教や信徒教育を通じてどれだけ強調しているかどうか、はなはだ疑問である。
そういうわけで、この稿の最後に、1997年頃に注目を浴びた米国のプロミスキーパーズの運動にもう一度光を当ててみたい。この運動は、その年の10月4日(土)ワシントンD・Cで行なわれたプロミスキーパーズ百万人大集会で世界に大きく紹介され、一躍脚光を浴びたものである。筆者は幸運にもたまたまその日に、シアトルの知人宅に滞在していて、その家の父親がワシントンに赴き、この大集会に参加したため、その家族と一緒にシアトル市内の大きな教会で、この大集会の模様を衛星中継で見ることができた。臨場感溢れる大画面でおよそ五時間にわたり釘付けになった。実際は67万人の集会と後で修正されたが全米でプロテスタントが、超教派で、しかも男性信者ばかりがこれだけ集まるのは異例のことであった。ウーマンリブに対する男性側の反撃などという誤解も一部にはあったが、良き父親、良き夫となることを神の前に誓って、父親の責任放棄を悔い改めひざまづいて悔い改め、祈り合うものであった。家族のつながりが壊れつつある現代において、この絆を回復する父親、又は夫の責任を自覚し、男性たる父親がきよい手を挙げて砕かれ、神と教会の指導者に従って行かねばならぬことを信条にして毎年大会を開いてきたものであった。
私はこの運動自体にも、米国社会の究極の良心を強く感じるのだが、何よりもこの運動の創設者の動機に強い興味を覚える。
1990年にコロラド州のフットボールの監督だったビル・マッカートニー会長(57才)が、この団体を創設した。彼の証しによると、会長自身がチームを強くすることに気を取られ、家庭を置き去りにする生活の中で、彼の娘が「未婚の母」となるという経験をしてしまったという。この反省の上に立って(朝日新聞同年10月6日号によると)、年収約4千万円の監督の職を捨てて、この運動の専従となったというのである。
『どんなに仕事で成功しても、子どもを正しく育てられなかったなら、両親にとってこれ以上の悲しみははいはずである』(彼の談話)
これこそがビル・マッカートニーの悟りの原点であり、この啓蒙運動のテーマであった。
日本の多くの父親たちが、高度成長期、バブル期を通して家庭を顧みることを疎んじている間に、日本の家庭はどうなったのかを考える時、マッカートニー氏の歩んだ道は極めて象徴的であり他人事ではない。 「父たちよ。あなたがたも、子どもを怒らせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい」(エペソ6:4)
聖書は明らかに、子どもたちを育てる責任を父親に課している。これは言うまでもなく、からだを育てるというよりも、子どもたちを人間に仕立てる魂の教育が父親の責任であることを指す。これがあらゆる時代を貫く普遍の真理なのである。
そうであれば、我々が今の時代に日本の社会に対して父親たちの責任を啓蒙していくことは、キリスト教会に神から与えられた責任であり、特権でもあると言えよう。また、これは今日における最重要の宣教のチャンスでもあるのではないか。
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