第34回 「変えられたい人が周りを変えていく」
国際クリスチャンバプテスト教会(ICBC)
牧師 石原良人
「どんな町や村にはいっても、そこでだれが適当な人かを調べて、そこを立ち去るまで、その人のところにとどまりなさい」(マタイ10:11)。
〈弟子はいのちの変化によって増殖する〉
イエスは、ご自分が得ようとした収穫の刈り取りをするために、二人ずつ弟子たちを派遣しました。弟子たちは町を動き回り、「適当な人」(マタイ10・11)、「平安の子」(ルカ10・6)を見つけて、そこに留まりました。「平安の子」は、イエスが井戸端で出会ったサマリヤの女のように、罪深い人であるかもしれません。またひょっとして、ザアカイのように悪徳商人で、人々から嫌われている者であるかもしれません。種まきのたとえの中でもイエスは同じ事を話されました。実を結んだ種は、「道ばた」ではなく、「岩地」でもなく、「いばらの中」でもなく、「良い地」に蒔かれたと証言されました。それは、「福音」が「良い地」に蒔かれさえすれば、聖霊が自動的に働かれ、実を結ぶという事を暗示しています。「平安の子」は、すべてにおいて良い人であると思わないほうが良いでしょう。頭が良く、問題が少ない人であるよりも、神が働かなければどうしようもない人である可能性の方が高いように思われます。
私が以前から考えている、神の御前に真に成長する教会の定義は「神の国とその義とのために変化を求めている教会」です。つまりその教会のリーダーが、自分自身と教会の変化を求めており、信者たちも変えられる事を切に求めている状態を指します。
前回記した人の成熟のために必要なステップ、1.解放、2.従順、3.召しを具体化するために私は、数年前から「チェンジングライフキャンプ」を全国的に紹介していますが、不思議な事は、どんな性格の人でも、どんな悪習慣の中にあった人でも、どんな悪環境の中に育った人でも、自分自身の心を開いて、隠していた罪、忘れられない嫌な思い出、悪感情等を、父なる神と父なる神の御心を求めるスポンサーに打ち明けるなら、解放され、自由にされていくのです。これは不思議な神の芸術です。そのようなわけで「適当な人」「平安の子」とは、変えられたいと思っている人を指すようです。
クリスチャンに適用してみましょう。あなたは変えられたい人の一人でしょうか?まさか頑固者ではないでしょうね?もし、あなたが変えられたいと願い、神に対して柔らかい心を持ち続けているのなら、あなたは「良い地」であり続け、教会全体を「良い地」にしようとしている重要な人材です。「チェンジングライフキャンプ」に出て変えられた数人によって、教会がリバイバルしたケースが幾つかあります。生きたクリスチャンが、生きたクリスチャンを生み出します。先日、イギリスから来た友人と「永遠のいのちとは何か?」について話し合っていました。彼の理解は「永遠のいのちとは、教会の奥義であるキリストの真理を発見し続ける事」でした。それで、永遠のいのちを持っている私たちは、日々キリストの素晴らしさをみことばから発見し、興奮しているのです。神に対して、みことばに対して、柔らかい心を持ち続けるならば、神からのいのちがその人と周りを変化させていきます。
〈変えられた人によって福音が拡大する〉
このようなわけで、福音は生きた神体験によって変えられた人物を通して宣べ伝えられていきます。聖書の中を調べても、初代の歴史を調べても、福音が伝わる方法は、単に知識の切り売りによってではなく、変えられた人物、神と出会った人物の証言を通して拡大していくのです。日本の宣教が、百年以上1%の壁を破る事ができない理由は、体験に基づいていない頭から出てきた知識をもとに宣教を継続してきたからであると私は考えています。体験のない知識には感動がありません。聖霊の感動に基づいた宣教こそが、これからの時代の主流になる必要があるでしょう。
弟子たちが「平安の子」を見つけたならば、そこを拠点に宣教が始まります。最初にすべき事は、病人を癒し、悪霊を追い出す事です。「平安の子」の家に住む家族のニーズを聞き、癒しと解放をします(マタイ10・8)。そして「平安の子」の知人、友人に対しても癒しと解放(ルカ10・9)で人々に仕え、家を教会(セル)にしていきます。
今回の話しを最後にまとめてみましょう。神の働きの対象は、いつでも「変えられたい人」です。未信者、信者、関係ありません。神は変えられたい人を通して、神の御国を拡大するみ業を世界に拡げておられるのです。変えられたいクリスチャンは成熟に向かいます。変えられたい未信者は神を体験し、救われるでしょう。「かたくな」は、一番危険です。
キングダム2004年5月号より