メッセージ 4/16   互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。1テサロニケ5:11

説教題 神と共に生きることを楽しむ人 牧 師
聖書箇所 創世記50:15−21 佐藤 直子
説教要旨 神様のご計画の中で生きているということを心に留め、そのご計画を思いながら一歩一歩を歩んでいくものでありた

 皆さん、聖書の登場人物でこの人が好き、という人物はいらっしゃいますか?
私は、ヨセフが好きです。旧約のヨセフと、新約のヨセフ。二人のヨセフがとても好きです。今日は、旧約のヨセフを見ていきたいと思います。

 みなさん、よくご存知だとは思いますが、ヨセフという人は、アブラハム、イサク、ヤコブの、ヤコブの息子です。ヤコブには12人の息子がいて最も愛する妻ラケルから生まれたのは11番目のヨセフと、12番目のベニヤミンです。
 上の10人の息子たちの母親もバラバラで一夫多妻制の異母兄弟たちでした。子ども、特に男の子はお父さんに認められたい、愛されたいという思いを持つと思いますが。他の側女や夫人からは生まれても、なかなか最愛の妻との間に子どもが与えられませんでした。そんな中で、年老いてやっと最愛の妻から生まれたヨセフとベニヤミンを愛していました。しかもラケルは、ベニヤミンを産むときに亡くなっていますから、ヨセフとベニヤミンを特別に、格別にかわいがりました。
 10人の兄達は、ヨセフたちから見たら大人に見えるほどの人たちもいました。しかし、父親が、ヨセフ達ばかりかわいがり特別扱いするのが、気に入りませんでした。その上、ヨセフは兄さん達のする悪い事をお父さんに告げ口したり、指摘したりするので、ヨセフは特に兄さん達に嫌われ疎まれ、憎まれていました。不満が溜まっていた兄さんたちはヨセフを殺そうとします。さすがに、長男が殺すのは止めようと皆を止めますが、通りがかった奴隷商人に売り渡し、お金をうけとります。
 そして、お父さんには特別にヨセフに作った長服に動物の血を付けて、獣に襲われて死んだようだと嘘の報告をします。ヤコブは最愛の息子を失い、非常に悲しみます。
 ヨセフは、愛されて育ったという事も影響があると思いますが、とっても前向きで、ラケルからもしっかり神様のことを教えられていたようで、どんな時も腐らず、未熟で欠点はあったけれど、神様と共に歩むことを喜び楽しむ、そんな人でした。
 ヨセフは売られた先でも、一生懸命与えられた仕事をし、神様から知恵を頂いて成功していきます。下っ端の仕事からだんだんと、信頼されて任される仕事も多くなり、ついには仕えているお家のすべてを任されるようになりました。
 しかし、その家の主人の妻から誘惑されて、逃げましたが、奥さんが(ヨセフに襲われた)と嘘をつかれ、濡れ衣で逮捕されます。
 牢屋に入れられたヨセフは、その中でも腐らずに善い行いを続け、信頼を得て牢屋の色々な事を任されるようになります。そして、その頃には夢の解き明かしをして、実際その通りになるという事もありました。その夢の解き明かし通りに王様に仕える仕事に戻った人もいました。

 しばらくしてから、王様が何度も変な夢を見て、意味がありそうなのに分からないで、いろんな学者や占い師を呼んだけれども分からない。そんなときに、牢屋でヨセフに出会った人が、思い出して王様に、私の夢を解き明かし多人がいます。その通りになったんです、と報告します。王様は早速ヨセフを呼び、夢の説き明かしをさせました。その夢は、7年の豊作と7年の飢饉を意味していました。王様はヨセフの力を認めて、王様に仕えさせ、この豊作と飢饉に対応するように任せました。その働きぶりが認められ、ヨセフは奴隷から囚人を経て、大国エジプトの大臣にまでなるのです。
 7年の飢饉が始まると、先の7年の豊作で穀物をたっぷりと蓄えたエジプトに近隣の国々や地域からも食料を求める人たちが列を作るようになりました。ヨセフの父ヤコブの家も例外ではなく、飢饉に苦しみ、食料があるらしいと聞いて兄たちがエジプトに買いに来ました。買いに来ている人たちの列に兄さんたちを見つけて、再会しますが、兄たちは気づきません。細かいことは省きますが、2度目の時に、私は弟のヨセフです。と告白すると兄たちは怯えます。ヨセフは仕返しをするのではないか、と。しかも、あのときと違い、ヨセフは子どもではなくエジプトの大臣になっている。何をされるか分からない、と。
 けれども、ヨセフは兄たちを赦し、ヤコブ一族をエジプトに呼び寄せ、食べ物に困らないようにし、良いところに家を用意し、すべてを世話しました。

 やがて、父ヤコブが亡くなりました。すると、兄たちは再び恐れます。父さんが居たからヨセフは仕返しをしなかったが、父さん亡き今、本気で仕返しに来るのではないか、と。それに対してヨセフが言ったことばが19,20節です。

 ヨセフは彼らに言った。「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりでしょうか。あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。創世記50:19,20

 この言葉は、すごいですよね。なかなか言えない。このヨセフという人は、辛い出来事が繰り返し起こる中で練られたんだと思います。常に前を向いて、つぶやきもせず悪口も言わず、損得や自己中心で物事を捉えることなく、大きな視点で、神様が折られれば大丈夫、と信頼して毎日を生きました。
 ヨセフはいつも、アブラハム、イサク、ヤコブの神を愛し、神様から知恵を頂き、いろいろな困難を乗り越えてきました。
 ヨセフは、神様がアブラハムとされたお約束をよく知っていました。神様はアブラハムに子孫を大いに増やし、空の星、地の砂の数のようにすると約束され、その国民によって世界が祝福される、と。
 アブラハムとのお約束を神様は忘れてはおられませんでした。世代を超えて、神様のお約束を果たし、一つ一つの出来事が一つの目的に向かって動いていました。
 その時には分からないけれど、イサクが兄弟を平等に愛せず、そのことでヤコブがずるをして兄から権利を奪ったことも。兄の怒りから逃げて母の実家に身を寄せたことも。そこで出会ったラケルを愛したことも、騙されてラケルではなくレアと結婚させられたことも。ラケルと結婚したけれど、子どもが授からなかったことも。ラケルが子どもが欲しくて、自分のそばめをヤコブの元にやって子を生ませたことも、レアと張り合うように、レアとラケルのそばめが子供を産んだことも。そして、ラケルがついに子どもを二人産んだことも。ベニヤミンの出産でラケルが死んだことも。ヨセフが兄たちに憎まれ、売り飛ばされたことも、豊作も飢饉も。
すべてが神様とアブラハムの約束実現のために必要なことでした。

 その最中にいる時、そこにいる人には分からないことだけれど、その時その場で1人1人が選んだことが、結果として、約束の実現の一歩一歩になっている。何という不思議。手品のようなことです。
今、この時も神様のご計画の最中です。
神様が聖書でされたお約束の殆どは成就しています。後実現していないのは大きく3つです。
@ 世界に福音が伝えられること。
A イスラエルが神様の所に帰ること。
B エス様が再び来られること。
 この3つが実現していくために、関係ないと思われるような、今日の私の選択、今の私の信仰の一歩が実は関係があり、その計画の一部として、小さな歯車を成しています。

もし彼らの違反が世界の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らの完成は、それ以上の、どんなにかすばらしいものを、もたらすことでしょう。ローマ11:12

 イスラエルが神様を拒み十字架にかけたことで、全世界に救いが及んだ。イスラエルが回復したならどんなに素晴らしい事になるだろうかと書かれている。
 神様は、どんなに悪い出来事も、大きな祝福に変えることができる。では、主を信じて歩む一歩からはどんな祝福が生まれるでしょうか。
兄さんたちの悪巧みさえも用いた主は大きなご計画の中で、私たちの歩みをご計画の一部として用いてくださっている。

 私たちは、神様のご計画の中で生きているということを心に留め、そのご計画を思いながら一歩一歩を歩んでいくものでありたいです。
 神様は大きな目的だけでなく、そのプロセスにある小さな一つ一つの出来事に心をとめ、愛し導いてくださいます。
私たちの多少の失敗は織り込み済み。それを、さらに良いことのために用いてくださいます。気持ちを楽に、ヨセフのようにイエス様と生きることを喜び楽しんで行きたいと思います。

 イエス様と共に生きることを喜び楽しんでいると、どうなるか分かりますか?
生きて働かれる神様の御業を体験するようになります。

 この4月から、皆さんとご一緒に、イエス様と共に生きることを喜び楽しみ、主の御業を一緒に体験していけることを心から楽しみにしています。