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2014年度
12月のみことば

 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。
主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる

イザヤ9章6節

 12月はイエス・キリストの御降誕をお祝いする、忙しい中にも楽しい時期でもあります。
 “サン・オブ・ゴッド”という映画の試写会を観てきました。
 正にキリスト誕生から十字架の死、復活までがわかりやすく描かれてとても素晴らしい映画でした。

 クリスマス=イエス・キリストの誕生ですがBC730年もの前に、預言者イザヤが上記の預言をしました。
私たちのためにひとり子の男の子の赤ちゃんが与えられるその方は主権者で、不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君と呼ばれると。

 全人類の為に与えられた御方は私たちに良きカウンセリングをしてくださり、力をもってあらゆる場面に対処してくださり、「お父さん」と呼ぶことのできる方であります。

 私たちの家族、人と人の間を平和にすることのできる方でもあります。

 このクリスマス全人類の為、私の為に来て下さった、赤ちゃんイエス様を共にお祝い致しましょう。

教会へぜひお出掛けください。

濱野好枝

11月のみことば

 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から
下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、
次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き
上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、
私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

1テサロニケ4:16-17

 天地万物の主である神、そのひとり子であるイエス・キリスト。
 全人類の罪を背負い、十字架で死なれたお方。
 そのキリストが死の力を打ち破り、復活し天に昇り、神の右に座しておられます。
 そのキリストが再び来られる(再臨の)時を、主の日と呼びます。
 その時は、突然、だと神は言われます。
 全世界が古いものから新しい世界へと大変化させられます。
 被造物に対する神の最終の取り扱いです。
 この取り扱いにおいて、物質的なものは皆消え去るでしょう。
 私たちを招いてくださる、また裁きに合わないよう願われる神の真理への愛を受け入れ、いつまでも変らない、又みことばの成就を実行される神への信頼を持ち、備えたいと思います。
 再臨はキリストと花嫁である教会との婚姻の時です。
 イエス・キリストと私たちの愛が成就する日です。
 キリストの再臨に向けて希望を持って生きていきましょう。

濱野好枝

10月のみことば

 「私は裸で母の胎から出て来た。また裸で私はかしこに帰ろう。
 主は与え、主は取られる。主のみ名はほむべきかな。」
 ヨブはこのようになっても罪を犯さず、神に愚痴をこぼさなかった。

ヨブ記1:21.22

 ヨブという神を恐れ、潔白で、正しく悪から遠ざかっていた人を創造主である神は、高く評価していました。
 このことばは、一瞬のうちに家族、財産全てを失った時に発せられたヨブのことばです。
 ヨブの考えは、家も家族も、財産も全てのものは、神が下さったのであって、裸でオギャアと生まれたら、死ぬ時も裸なのだ。
 死とは(神のもとに帰る)事と、確信しているのです。
 何も持って神の元に帰ることは出来ないのです。
 だから、神に愚痴らないのです。
 愚痴ることは、神への反逆罪なのです。
 このように受け止めているヨブと私たちは、どこが違うのでしょう。
 家族、財産等は、与えられるものとヨブは考え、その与え主である神を敬い、畏れ生活していたと聖書は語っています。
 無一物=裸でこの地上に生を受けてきて、生かされて、又その歩みの全てに責任をもって、光、空気、水、必要なものを与え続けて下さった方は神であるとの土台に、ヨブは立っていた事に気づきます。
 この後もヨブは病気になって、妻に「こんなことをする神なんか呪ってしまいなさい。」とののしられるのですが、「幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けなければならない。」と言い、罪を犯さなかった。
 罪を犯す事は、与えて下さった神に文句を言うことだとわかりました。

 神を認めて歩む生活に切り替えていただきましょう。

濱野好枝

9月のみことば

人は、新しく生まれなければ,神の国を見ることはできません。

ヨハネによる福音書3:3

 聖書の中には、私達の理解を超える神のことばが書かれています。
上記のことばは、当時のイスラエル人の指導者、法律の専門家である 高齢のニコデモが夜、人目を忍んでイエス・キリストを訪ねた時の イエス・キリストのことばでした。

 “新しく生まれる”,“神の国”とは知識、常識を超えたことばです。
しかし、数ヶ月前に私は―新しく生まれる―場面に出会いました。
「先生、わたくしの所にきて、お祈りしていただきたい。病のため出向くことができませんので,申し訳ありませんが。」と連絡が入り出かけて行きました。

 その方曰く、「先生、わたくしは神の国へ入り、神の前に立つ準備をする為,神様と先生の前にお詫びをしたいのです。宜しくお祈りお願いします。」

 40年弱の信仰生活をし,多くの方々から誠実な、実直な方と評価を受けておられました。 しかし神の前に立つときが近づいている今、悔い改めに導かれ、顔は輝き、苦しみの中ではありましたが平安が与えられていきました。

 生まれつきのままでは,命を与えてくださった神のもとに帰ることが出来ない。神のもとを離れ,自分勝手に歩んできたことをお詫びし,神に立ち返ること、これが―新しく生まれる―ことです。
そのように歩んでみませんか?

濱野好枝

8月のみことば

 その時、ペテロがみもとに来て言った。
  「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。7度まででしょうか。」
 イエスは言われた。
  「7度まで、などとはわたしは言いません。7度を70倍するまでと言います。」

マタイの福音書18:21-22

 二人の女の子がもめています。Aさん6歳、Bさん5歳。
「Aちゃんが私にそう言ったでしょ!」「そんなこと言ってないでしょ!」
「私、Aちゃん赦さない。ごめんねって言ってよ!」
暫くやりとりが続いて、AちゃんがBちゃんに「ごめんね。」と小さな声
で謝りました。
「もっとはっきり言ってよ!」『ごめんね!』Aちゃんは持っていたおやつの
袋から、お菓子を取り出して「Bちゃん食べる?」「これがいい?」と言って
スナック菓子を出しました。「うん、いいよ。」
傍から見た私のヂャッジは、Bちゃんが悪い。、Aちゃんは自ら折れて、又
自分のもっていたお菓子を使い、和解の努力をしていました。
その姿に、いたく感動しました。

イエスキリストは冒頭のみことばにあるように、ペテロに7の70倍(490回)
赦しなさい。-完全に赦しなさい。と言われた。
罵倒された時も、唾を吐きかけられた時も、何も悪いことをしていないのに、
極悪人しか処刑の道具として使われない十字架刑についてまで、架けた人々に
対し、赦してあげてくださいと父なる神に祈られた。

私達は、7を70倍するまで、人を赦すことができるだろうか?
出来ない私たちをキリストは愛の眼差しを向けていて下さる。ハレルヤ。

濱野好枝

7月のみことば

旧約聖書に、神様はアブラハムを多くの国民の父とされた、とあるのは、この意味にほかなりません。

神様は、どこの国の人でも、アブラハムと同じように、神様に信頼する者を、みな受け入れてくださるのです。

神ご自身がーそうです。死人を生き返らせ、未来の出来事をすでに実現したかのような確実さえ、お語りになる神ご自身がー そう約束しておられるのです。

ローマ4:17(リビングバイブル)

 旧訳聖書の中の信仰の父と呼ばれるアブラハムの歩みをみる時に驚かされることがあります。 その一つは、カルデヤのウル(ユーフラテス川下流)からカラン(ユーフラテス川上流)に住み、神様の言われるとおり、カナンへ家族と共に出掛けた事。

 二つめは、甥のロトも一緒の旅で、多くの財産(家畜、銀、金、)に神が富ませてくだっさたので、礼拝を捧げて、ロトと別れて生活する事になった時、見渡す限りの土地を見せて、ロトにまず選択させた事。

 三つ目は、マムレの樫の木のそばで、三人の旅人という姿で現れた神の使いを丁寧に迎え入れ、最高のもてなしを直ぐに、急いでした事。

 この結果は、アブラハムと、サラ(不妊の女と呼ばれていた)に子どもが与えられるという秘め事を聞くことができました。 この話の1年後100歳のアブラハム、90歳のサラに神の語られたとおり、イサクが与えられました。

 私の時は、すべて神の御手の中にあります。と宣言して歩むことにしましょう。

素晴らしい結果が待っています。
祝福を祈ります。

濱野好枝

6月のみことば

私の兄弟たち.さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。

ヤコブの手紙1:2

6月になり、一転して雨の季節となりました。
8日は世界中の教会が、ペンテコステのお祝いをします。

キリストの復活から、50日目、神が約束された聖霊が注がれ、教会が誕生しました。教会は聖霊の働きが著しく1日に3000人、5000人と多くの人々が信仰に入り、破竹の勢いで拡大していきました。

その当時、イエスキリストの兄弟であったヤコブが、エルサレム教会の指導者となり、“神と主イエス・キリストのしもべヤコブ”と自ら紹介しました。

ヤコブは自分が誰なのかよく辨えていました。

ヨセフスというパリサイ派(ユダヤ教)の歴史家は書いています。ローマ総督がフェストから新しく代わろうとする時、大祭司アンナスの息子アナヌスが、AD62年に、妬みからヤコブは律法に背いていると言い、石打の刑で処刑したのでした。

そのヤコブが、さまざまの試練に遭うときとは、試練というものはあらゆる分野に及ぶというのです。

日本では自殺する人が毎年3万人いるという恐ろしい時代に今、入っています。イエス・キリストを信じた故に霊的な歩みが、悪の勢力によって押しつぶされる目に見えない迫害があります。

このように試練によって信仰がためされると、忍耐が生まれ、その忍耐を100%働かせ、実を結ばせる、成長を遂げた、成熟した者にしてくださる将来を見ることができます。

希望をもって、試練をこの上もない喜びと計算していきましょう。

濱野好枝

5月のみことば

私は告白します。『あなたこそ、私の神です。』わたしの時は、御手の中にあります。私を敵の手から、追い迫る者の手から、救い出してください。

詩篇31:14,15

4月28日に36歳の誕生日を迎えた青年がいます。

15年間、ずっとベットに寝たままです。15年です。1度も不平や文句を言ったことを聞いたことがありません。

病名は若年性パーキンソン氏病で、発症したころは都立神経病院で、脳に電極を埋め込み、その電極の調整で少し体も動いたり、言葉も出すことができていましたが、今は笑うだけです。それも音を発声しながら。

でも、その笑顔を見て、S青年は、神様に最大限の感謝を捧げているのです。

五体満足で、日々満ち溢れた時を過ごさせていただいていることに大いなる感謝し、「私の時は御手の中にあります。」と告白して、何時でもこの青年のように笑顔でいられるよう、祈っていこうと願っています。

この原稿を書いている時、電話が鳴り、お父様からお母様が急逝されたと。

それもS青年の36歳の誕生日に見舞うこともできない4月12日でした。

濱野好枝

4月のみことば

 世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。

Tヨハネ5;6

今年のイースターは4月20日、キリストの復活を祝う世界的なお祭りです。

日本で“暑さ寒さも彼岸まで”ということばがありますが、春分の日まで寒い、秋分の日まで暑いということですが、冬と春を分ける天候、夏と秋を分ける天候を素晴らしい言葉で言い表したと思います。

今年3月21日以降―あっと驚くほど、草花が一気に開花し、日を追うごとに成長し、色鮮やかになってきました。

自分を含め、自分を取り巻く環境に右往左往している私たちがキリストの復活の事実を知る時、しっかり立つことができます。

復活ということは、甦りですから、生きているおられる神が、困難、苦難、さまざまな苦痛などに支配されず、勝利させてくださるのです。

「わたしは、戸の外でずっと待っているのに、長く待っているのにまだ、待たなければならないのか?いつ内鍵を外して開けてくれるのか?」

命の主をお迎えいたしましょう。

濱野好枝

3月のみことば

 「われわれの先祖はアブラハムだ。」などと心の中で言い始めてはいけません。
 よく言っておくが、神はこんな石ころからでもアブラハムの子孫を起こすことがおできになるのです。

ルカ3:8

イエス・キリストの降誕6か月前に生まれた、バプテスマのヨハネの言葉です。洗礼者ヨハネとよばれています。

このヨハネは、厳格の規律の宗派に属していた旧約最後の預言者で,荒野で生活しラクダの毛衣を身に纏い、いなごと野蜜を食料としていました。

「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」と宣べ伝え、悔い改めにふさわしい実を結ぶよう説いてまわりました。

どうしたら悔い改めにふさわしい実を結ぶことが出来ますか?と群衆の訊ねに

“下着を2枚持っている者は一つも持たない者に分けなさい。食べ物を持っている者も、そうしなさい。“

取税人たちには“決められたもの以上には何も取り立ててはいけません。”

兵士たちには“だれからも、力ずくで金をゆすったり無実の者を責めたりしてはいけません。自分の給料で満足しなさい。“と答えた。

神殿に奉仕している人びとには特に今月のことばで掲げた箇所のように,自分たちの先祖はアブラハムだと豪語して悔い改める必要などないと言っているあなたこそ,傲慢を悔い改め、実を結ぶ生活を実践するよう警告しました。

全知全能の神は,石ころからでもアブラハムの子孫を起こすことがお出来になるのです。

この神に立ち帰りなさい。と勧めておられます。

この度の大雪で我が家の軽自動車の屋根が、屋根からの落雪でつぶれ、修理に20万罹るほどの被害を受けました。
Aさんはー車の中で棒を渡し、ジャッキで持ち上げれば簡単だよ。−といいました。
Bさんは自ら車の中に入って,運転席、助手席、後部座席2カ所計4カ所を力の限り押し上げて直してくれました。

日々の生活の中で教えられることばかりです。

濱野好枝

2月のみことば

 ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。


ルカ10:20

神は永遠に存在し続けるお方です。

しかし、この地球上には神を認めて生活する人と、認めない、認めようとしない人の両極に分かれます。

聖書の中に、神を認めて歩んだヨブという人の物語があります。

裕福であったヨブが、たちまちのうちに与えられた子ども、財産全て奪われ無一物になった時、
”主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな”と記されています。

これで終わりではなく、更に不幸が続きます。

自分のからだが打たれ、全身おできになり、土器のかけらで自分の身をかき灰の中で身を転げる状況で
”私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けなければならないのではないか。”と言い、そばで罵る妻のことばにも罪を犯すようなことはしなかった。

更に3人の友人が見舞いに訪ねて、覆い被さるように非難するなかで、最終的にヨブの口から出た告白は
”あなたには、すべてができること。あなたはどんな計画も成し遂げられることを私は知りました。知識もなくて、摂理をおおい隠した者はだれでしょう。
・・・私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔い改めます。”
とのことばでした。

摂理との語句を辞書には、神の意志とかかれていました。

神の意志が私のあゆみに働いておられることを覚え、新しい発見です。

今月も皆様の上に豊かな祝福が注がれますように!

濱野好枝

1月のみことば
   なんと幸いなことでしょう。
   その力があなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。
   彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。
詩編84:5,6

 新年おめでとうございます。

 今年も八王子教会一同は希望に向かって一歩一歩進んで行きたいと願っています。

 又、この欄のメッセージを通し、神の願われていることをお伝え出来たらと思います。

 この詩篇の歌の背景は、紀元前560年バビロンに捕囚されたイスラエルの人びとが故郷を思って歌っています。

 第一声”なんと”と万物の創造者が驚いています。

 幸せな人は、私の力の原動力は、創造主、すべてを治めておられる神ですと宣言し、進んでいくハイウエーの行き先が神の国。そこに進路を進めている人。

 涙の谷があっても、泉が湧くところとかえてくださり、荒れた地が美しい緑地となる人生が約束されています。

 心が神とともに正しくあれば、砂漠は宮となり、涙はほほえみに変えられます。

 私たち一人一人に幸せを願われておられる神の願いですね。

 365日ここを目標にしていきましょう。

 祝福をお祈りいたします。

濱野好枝

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