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2015年度
12月のみことば

 「見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」
 (訳すと、神は私たちと共におられるという意味である。)

マタイ1章23節

 12月は教会の三大イベントの大きな一つクリスマスを迎えようとしています。

 旧約聖書のマラキ書で預言者マラキが語られた時から400年(この時代は暗黒時代と呼ばれています。)を経て新約聖書第一書=マタイによる福音書にイエス・キリストの誕生の物語が書かれています。

 上記のみことばはイエス・キリストがお生まれになる730年も前にイザヤによって預言されました。

 処女降誕という、非科学的な現象が起こるのです。これはまさに全知全能の神だからこそ出来、万物の救済を考えておられるからこそ、処女降誕でなければならなかったと知るのです。

 この世の常識、学んできた知識、又、自分中心にしか物事を受け取れないところから、聖書のみことばに目を向け、全万物の支配者である神に向けてみて下さい。

 無から有を生み出すことの出来るお方ですから、処女降誕など朝飯前なのではと考えましょう。

 「神は私たちとともにおられる」というすばらしい未来が約束されているのです。

 神がいないと思っていた私達に神が人間の間に来られたというすばらしい機会クリスマスを自分のものとして祝うことが出来ますように、祝福を心よりお祈り致します。

濱野好枝

11月のみことば

いつも喜んでいなさい
絶えず祈りなさい
全ての事について感謝しなさい

テサロニケ人への手紙 第一 5章16〜18節

 最近“笑い”“笑うこと”が長生きの秘訣と話題になっています。無理にでも笑うと顔も変わり、心も良好に変わるというのです。

 嬉しいことなど一つもないと言われるでしょうが、自分の周りの状況や起こってくる色々な問題、又、自らの中にも笑える状況でないと言われるでしょうか。

 上記のみことばに出会い、私は本当に喜ぶ事をはっきり知りました。イエスキリストに出会って私の心は変えられました。顔も変わりました。自分に原因があった事に気付いたのです。

 自分の心の内に神様に喜ばれないものがある。罪を犯していたのです。心は暗く、どこに解決を求めたら良いのかわからず、さまよっていました。「あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は自分の魂の牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。」-聖書-

 神様は生きておられるのです。“神様ごめんなさい”“私は神様の喜ばれない事をしました”“うそつきでした。赦して下さい”と。
その日以来、私は心から喜ぶ事が出来ました。いつも喜ぶとは次の事だと確信しています、どのような事があろうとも、起こってきても、魂が救われた、罪から解放されたという心の中の確信が基礎にあること。

 2015年もあと2ヶ月、心からの喜びと共に過ごしていきましょう。

濱野好枝

10月のみことば

神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。
それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。

Uコリント5章21節

 9月 初めて台湾へ行き教会の伝道の助けに加わるという機会が与えられました。

 80歳以上の方々の元気なことに驚きました。一つの地区の教会が拠点となり。70人近い年配の方々が集まり、血圧測定の後、体操をし、歌を歌い、講演を聞いたりしておりました。
 もちろん、クリスチャンもそうでない人も皆一緒です。
 (50%50%位の比率の様でした)その中の一人の方にお尋ねいたしました。
 単刀直入にお聞きしたにもかかわらず、きっぱりと「死ぬなんて考えていないわ」という答えが返ってきました。

 自分が生まれ、やがて死ぬことはだれにも分かっていることですが、若い時には考えないとしても、80歳を過ぎて考えたことのないという驚きでした。
 私たちは必ず死にます。しかし、死んだ後の裁きがあることをほとんどの方は知りません。又、知ろうともしないのかもしれません。
 聖書は「人間は一度死ぬことと、死後に裁きを受けることが全ての人に定まっている。」と告げています。

 肉体と魂が離れた肉体の死を経て、その後の審判にどのようにして立つことができるでしょうか。罪を知らないイエス・キリストの身代りの死を通し、私たちは神の前に正しいものとされ、審判に無罪とされ、神の国(=天国)へ帰っていくことができるのです。
 この地上の生涯を終え、キリストの十字架、いのち、道であり真理であるキリストを通って大手を振って神の国へ帰ることを選択しようではありませんか。
 両手を広げて迎え入れて下さる御方がおられます。

濱野好枝

9月のみことば

あなたがたのうちにおられる方が、
この世のうちにいるあの者よりも力があるからです。

1ヨハネ4章4節

 人間の持つ最も根強い行動は“重要人物たらんとする欲求” 健康 長寿 睡眠 食欲 性欲 子孫の繁栄といろいろな欲求は、大抵満たすことができるものだが、一つだけ例外がある。

 この欲求は根強く、めったに満たされないもの=自己の重要感=

“偉くなりたいという願望”(フロイト)

“重要人物たらんとする欲求”(デューイ)

“他人に認められることを渇望する気持ち”(心理学者ウィリアムジェームス)

 貧しく教育を受けられなかったリンカーンも、この自己の重要感に対する欲求によって、かつて50セントで買い求めた律法書を取り出し、勉強し大統領にまで登りつめました。

 需要人物たらんとする欲求を満たそうとすると、私たちの間に色々な摩擦や争いが起こるのではないでしょうか。

 視点を上に向けること、考え方を変えることを考えてみましょう。

 私たちの心に安らぎが与えられ、新しい目標が見えてきます。

 聖書は私たちを創られた神がおられる、そのお方が私に目を留めて下さっている。そして、高価で尊いと仰っておられます。

 そのお方は私たちと共におられ、私の内に住んでくださいます。この世のどんなものよりも力がある方です。祝福を祈ります。

濱野好枝

8月のみことば

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

ヨハネ3章16節

 天地万物を創造した神は、今より3600年前にノアの洪水でこの地上の全ての物を水で滅ぼしてしまわれました。

  「はなはだ良かった」と神がおっしゃられた世界は、創造主から離れ、自らの良しとする道を歩み始めました。この地上に悪が増大したのを神は心を痛め、造られたことを悔いられました。そこで洪水をもってすべての悪を水に沈めて新しくしようと考えられました。

 その役割を担わされたのがノアでした。自分の置かれている環境がひどい状況でも、それに脅かされることなく、神の前に全き人であったノア。

 神の命令により人類の救いのため、アララテ山の上に箱舟を作り始めました。4万3千トンにも及ぶ大きな箱舟を作りながら、人々に“悪から立ち返り、箱舟に入るように”宣教活動に専心していました。

 雨が降り始めるその時まで、人々はノアの語る神のメッセージに耳を傾けることなく、悪におぼれていました。(この悪というの性関係の乱れです)

 すべての動物一つ街ずつ箱舟に入れ、ノアと妻、3人の子供とその妻、全員で8人が入りました。そして中からドアが閉じられました。

 雨が降り続きアララテ山に建造された箱舟がぽかり浮かび上がった時は、全てのものが水の中という状況です、人々が「助けてくれ」と叫んでいる場面を、昔紙芝居で見たことがあります。

 神様はノアを用いて悪から立ち返り、救いの箱舟に入ってほしいと願っておられます。

濱野好枝

7月のみことば

人がその友のためにいのちを捨てるという、
これよりも大きな愛はだれも持っていません。

ヨハネの福音書15:13

  雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを自分を勘定に入れずによく見聞きし分かりそして忘れず 野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて東に病気の子供あれば行って看病してやり 西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ褒められもせず苦にもされず  そういうものにわたしはなりたい

 宮澤賢治のこの詩のモデルとされる斎藤宗次郎は岩手県花巻に1887年に生まれました。内村鑑三の影響をうけて、聖書を読むようになり、洗礼を受けてクリスチャンになりました。小学校の教師になりますが、石を投げられ、親にも勘当され、迫害を受けました。嫌がらせを受け、家族にまで迫害の手が及ぶようになりました。9歳の愛子ちゃんが「ヤソの子供」と言われてお腹を蹴られ、腹膜炎を起こして亡くなってしまったのです。

 そのような苦しみの中で宗次郎は、神様に「御心がなりますように」と祈り、くじけることなく神様を信じ、従い続けました。牛乳配達と新聞配達のため一日40キロの配達の道のりを走りながら迫害する人びとにキリストを宣べ伝えました。10メートル走っては祈り、10メートル歩いては感謝をささげた話はあまりにも有名です。

 「国賊」と呼ばれても、親切丁寧に話しながら、多くの人々を愛し続けた姿を思い描きながら、そういうものに私もなりたいと思います。

濱野好枝

6月のみことば

私にとって得であったこのようなものをみな、
私はキリストのゆえに損と思うようになりました。

ピリピ人への手紙 3章7節

 江戸後期の農政家二宮尊徳、通り名二宮金次郎。

 薪を背に歩きながら本を読む立像は昭和の初めの頃から戦前にかけ全国の小学校に像が建てられ子供のお手本とされました。

 昭和31年小学校に入学した私の学校にもありました。内村鑑三著の『代表的日本人』5人の中に著わされているところを見ますと数え年16才で親を亡くし伯父の世話を受けることになったとあります。

 その頃に尊徳は字の読めない人間になりたくないと思いが起こり、孔子の『大学』を入手し一日の仕事を終えた後深夜に勉強しました。

 しかし、伯父より実際に役立つと思われない勉強に貴重な灯油を使うとは何事か、また面倒を見てやっているのだからお前の時間はおれのものだと言われ、干し草や薪を取りに山に行く往復の道で勉強したのです。
 そのような勉学を通して1836年の大飢饉に際しては
 「国がキキンを迎え、倉庫は空になり、民の食べるものがない。この責任は、治者以外にないではありませんか。
 その者は天民を託されているのです。民を善に導き、悪から遠ざけ、安心して生活出来るようにすることが、与えられた使命ではありませんか。
 …この時にあたり、良く救済策を講じることが出来ればよし、もし出来ない場合には、治者は天に対して自己の罪を認め、自ら進んで食を断ち、死すべきであります!ついで配下の大夫、郡奉行、代官も同じく食を断って死すべきであります…」と家老や奉行に上に立つ者の積極的な自己犠牲を説きました。

「万物には自然の道がある」と言い、自らを投げ打ち、真理を証しし、誠実に力の限り知恵を尽くして生涯をかけて農政改革を成し遂げた姿は、この地上に来られた神の子キリストの歩みとまさに同じでありました。

 いつの時代でも誰でも幸せな道は自らを投げ出して他者の為に生きることなのですね

濱野好枝

5月のみことば

求めなさい。そうすれば与えられます。
捜しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさい。そうすれば開かれます。

マタイ7章7節

 子供が親にせがむ光景をよく見ます。また、私たちも子供の頃親にいろいろな要求をしたことを思い出します。

 我が家では、父親が自分の親からしてもらったように、子供たちにするという暗黙の了解があったように思います。これも親子間の信頼関係が出来上がっていればこそです。 上記のみことばの後に「してみると、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には良い物を与えることを知っているのです。とすれば、天におられるあなたがたの父がどうしても求める者たちに良い物を下さらないことがありましょう。」と書かれています。

 天のお父様の存在が明らかにされています。

 求める、捜す、たたく、という行為は天のお父様にお願いする(お祈りする)ことで、天のお父様がお考えの最高の良い物を必ず下さるということです。

 最高の物を下さる御方がおられることも知らずに、なくなっていくものや消えていくものを夢中で追いかけて痛手を負いつつも、尚も闇の中を手探りで歩み続けていた私に現れ、近づき、共に歩み続けていて下さいました神様。罪の赦しの為に十字架の死の刑罰を一身に受けて赦して下さったイエス・キリスト様。

 今心の中に聖霊なる神様によって信仰の道を歩ませていただいている喜びを全世界の人にお知らせしたいと思います。

濱野好枝

4月のみことば

 わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

ヨハネ11:25

 最近江戸時代末期から明治維新にむかう当時の人々の物語を読んだり、見たりしています。多くの人々の中に日本の国を思う想い、エネルギーが炎となって燃えていた様に思います。

 4月を迎え、自然界の中に見えない生命の力が、一気に吹き出す様子を目のあたりにしています。

 地中の温度があがり、大気も暖かさを増すようになって、素晴らしい景色を映し出しています。

 十字架上で全人類の罪の身代わりとなって死なれたキリストは、よみに下り、3日3晩墓の中におられましたが、よみがえられました。

 イースターのお祝いです。

 死んだ者が甦える。復活する。

 再生という言葉はありますが、そのようなものでなく、全くダメになったものが、使用可能になる、どんどん素晴しいものに変えられるという業です。

 明治維新を成し遂げた人々の心の中に燃えていたエネルギー以上、さらに素晴しい生命の力を私達に見せて下さったのが、キリストの復活です。

 驚くべきことは、このキリストが神の意志に従い通して、実に死にまで、十字架の死にまで歩まれたその結果、神がこのキリストを甦えらせたということです。

 神のうちに、この生命の力、エネルギーがあるということをイースターは私達に教えています。

 ハッピーイースター、共に主をほめたたえましょう。
 

濱野好枝

3月のみことば

 だれが、主の山に登りえようか。
だれが、その聖なる所に立ちえようか。
手がきよく、心がきよらかな者。
そのたましいをむなしいことに向けず欺き誓わなかった人。聖書

詩篇24篇3-4節

 『神は死んだのか』
 この映画は現実にあった話です。

 一人の大学生が哲学の講座を選んだことをきっかけに神は死んだという大学教授に“神は死んでいない”−生きている−という証明を見事にし、その結果そのクラス全員の学生が“神は生きている”と宣言しました。

 一方大学教授も自動車事故で瀕死の重傷を負い今こそ息を引き取る瞬間、神の導きの中で反対車線に居合わせた牧師からキリストの救いのメッセージを聞き受け入れて召される。

 大変ドラマチックな映画です。3月末にはDVDが発売されるそうですので全ての人に観てほしいと思います。何に感動したかというと20代の青年があらゆる誘惑、脅し、離別、将来の道も閉ざされるという状況でも自分に与えられた信念、真理を全うしていく姿でした。20才の頃の自分に、自分の信じる道に揺るがない・ぶれない邁進をしていたかと 振り返る時となりました。

 さらに、今の時代、生かされている私達もこの青年のスピリットを受け取って歩みたいと思います。

濱野好枝

2月のみことば

  聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による
 救いをうけさせることができるのです。

テモテU3:15

 アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンのお話です。
多くの困難、挫折を味わってきた末、52歳で大統領になり、その就任演説でのことです。

 演説の前に、一人の上院議員がリンカーンに向かってこう言いました。
「あなたが大統領になるとは驚きでしたね。あなたの父が靴の修理職人であった事実。
父上は私達の家に靴作りにやってきましたよ。暮らし向きの悪い身分で大統領に当選した人は、アメリカ史上前例のないことでしょう。」と嘲笑って言いました。
 重い沈黙の時間が過ぎ、リンカーンの目には涙がこぼれそうになっていました。
 リンカーンは口を開き、「ありがとうございます。議員殿!しばらく忘れていた父の顔を思い出させてくださって感謝します。私の父は完璧な技術を持つ靴の修理人でした。
 私は父の技術を習おうと努力しましたが、父の実力をしのぐことはできませんでした。
 この場にいらっしゃる方の中で、私の父が作った靴を履いている方がいらしゃると思いますが、万が一靴に問題がありましたら、いつでも私に話してください。私が父のそばで学んだ技術で手入れします。しかしあまり期待しないでください。なぜなら私の技術は父とは比較にならないからです。父は靴の芸術家でした。私は誇らしい父の息子であり、今も父を尊敬しています。」と答えました。

 貧しく、学校にも通えなかったリンカーンは、お母さんから教えられた聖書と、ワシントンの伝記、天路歴程、イソップ物語を愛読し、ホワイトハウスに牧師を招き、神の言葉を聞き、問題に立ち向かう知恵を授かり祈りつつ、政治を行ったのでした。
 ラシュモア国立公園の山肌に4人の大統領の顔があります。リンカーンもその一人です。
《北北西に進路をとれ》の最後の場面に出てきます。
今月も祝福を祈ります。
 

濱野好枝

1月のみことば

【主】があなたの永遠の光となり、
  あなたの神があなたの光栄となる。

イザヤ60:19b

 2015年の年が明けました。おめでとうございます。
  今年もどうぞよろしくお願いします。

イザヤ書のおことばは八王子教会の標語です。

 全世界の主権者でおられる神は、私達の永遠の光となって
導いて下さるとのお約束です。

 愚かであっても迷うことがない、今日、明日、明後日ずうっと
永遠に照らし続けてくださいます。太陽、月などに優る主の栄光が
、私達を照らすので、私たちはこれらの被造物に頼る必要はない。

 人々がしばしば陥ってた太陽、月を偶像礼拝の対象とすることがなくなる
との意味も含まれています。しかも
 主の永遠の臨在によって、罪のために主に遠ざけられてとか、主に
見捨てられたとかたとか、嘆き悲しみは終わる。
 主が御顔を隠すような暗黒もなくなる。

 希望の主に喜びと期待をもって進みましょう。

濱野好枝

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