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2月のみことば

公正を水のように、義を、絶えず流れる谷川のように、流れさせよ。

アモス書5:24

 新年聖会で、「きよめ」とは、きれいにすること、不浄なものを払拭すること、清掃することと聞きました。
時を同じくして、“冷蔵庫を綺麗にして、食費を減らす方法”との番組が流れていました。

 聖書のヨハネの福音書で、イエス・キリストがサマリヤのスカルの井戸端で、女性に『この水を飲むものはみな、また渇きます。しかしわたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。』と話しました。

 イエス・キリストと話しているうちに、キリストの呼びかけが変わっていくのです。

 ユダヤ人⇒ヤコブより偉いお方⇒主よ⇒預言者⇒キリストと呼ばれているメシヤと変わっていきます。

 自分の不設楽な過去を言い当てたと。町の人々に話に行きます。サマリヤの人々はこの女性の証しを聞き信じ、イエス・キリストに会って話を聞き、キリストを信じました。サマリヤの町の霊的復興が起きました。

 イエス・キリストを大歓迎して2日間とどまっていただいたと記されています。

 イスラエル人はサマリヤ人を偶像礼拝の汚れた人々と決めつけ、見下していました。

 当時このような態度であったイスラエルの人々は紀元前700年、アモスが預言者として立てられていた時も、変わらず、社会的不正、道徳的腐敗がはびこっていました。

 法廷においてさえ、金持ちが裁判官に賄賂を掴ませ、貧しい人々が悲惨な状況に追い込まれ、のけ者にされていました。

 アモスはイスラエルの人々に向かって「わたし(神)を求めて生きよ。」主を求めること。信仰の中であわれみを待ち望むこと。主の呼掛けに応答して、主に帰ること。偶像礼拝と決別すること。

 自らの歩みを省みて、活ける者とされ、命の水を谷川のように流れさせていきましょう。

 私たちの生きている時代はあと100秒しかありません。

濱野好枝

1月のみことば

「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします。」

ヨハネ20:21

 新しい年が与えられました。

 2019年は異常気象で、とても雨の多い日々でした。台風も沢山やって来ましたし、日本中水害で悩まされました。

 青梅教会の北側白壁はうす緑になってしまいました。

 今年は神様からの恵みの雨を注いでいただいて、素晴らしい一年としていただきたいです。

 とは言え、一年一年と私たちは栄光の中に入れられる時が近づいていることは確かです。

 イエス・キリストが復活された時、弟子たちは閉めきった部屋の中で不安に囲まれていました。

 十字架につけられてしまった師であるイエス、そのイエスを十字架につけたユダヤ人達の攻撃が、自分たちに及ぶのを恐れていたのです。

 主を復活させた神の力を信じることの出来ない、そのような弟子たちの前に、”平安があるように”これは「安かれ」ヘブル語で「シャローム」です。

 神様の特別な啓示が、コミュニケーションがこれから語られようとしているのです。

 弟子たちはイエス様の釘打たれた手と、槍で突き刺された脇腹を見て喜んだとあります。

 手と脇腹につまり十字架の死に基づいて復活が顕され、弟子たちは喜びました。

 この喜びと平安は、一つの使命とミッションを与える平安でした。

 弟子たちは世間が怖かったのです。人が怖かったのです。おじ恐れる彼らに死にさえも打ち勝ち給うた、メシアの平安と喜びとを授けるから、出ていきなさい。

 週の初めの主日礼拝でも、主に出会い、ここで喜びに満たされ、安らぎを与えられ、慰めを受けたら、遣わされる為だと受け止めましょう。

 新しい年に祝福豊かでありますようお祈り致します。

濱野好枝

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